大判例

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東京高等裁判所 昭和40年(ツ)103号 判決

上告人 土屋伝

被上告人 修善寺町

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由第一点について

原審は、被上告人が昭和二五年八月上告人から当時農地であつた本件土地を県知事の許可を受けることを条件として買受けた上、被上告人の当時の町長大城貢は、本件土地を含む修善寺中学校の敷地として買受けた土地全部について、上告人を含む右土地の所有者五名と、昭和二五年九月七日付で静岡県知事に対し、右土地の売買についての許可申請書(乙第一号証)を提出して、同年一一月四日付で、静岡県指令農地第一〇号一、二六〇として同県知事から許可されたとの事実を認定している。右認定している証拠の中に乙第一号証が入つており、同号証の成立については、原審証人小沢安次の証言でこれを認めており、同号証の成立に関する同証人の証言の内容は上告人主張のとおりであるが、右証言によれば、乙第一号証の上告人の関係部分の成立を推認できないではない。しかして、原判決の掲記している諸証拠によれば、上記認定事実を十分認めることができるから、原審は上告人主張のように証拠に基づかないで事実を認定しているものではない。上告人の主張は、原審の適法になした証拠の採否と事実認定とを、独自の見解に基いて或は独自の立場に立つて非難攻撃しているにすぎないから、採用できない。

上告理由第二点について

原審は、左記のような事実を確定している。すなわち、本件土地はもと上告人の所有であつたが、上告人は、上記認定のように、昭和二五年八月、本件土地を修善寺中学校の敷地に供するために被上告人に対して売渡し、その代金の支払をうけた。被上告人は本件土地を含む土地上に中学校を建設していたが、昭和三三年九月二六日伊豆地方の水害によつて該校舎は流失した。それ以後学校敷地としての使用を廃止し、さらにその後、本件土地の一部は国に売却されて、現に道路として使用され、一部は訴外伊豆木器有限会社に転売され、同会社において占有している。しかし、今日まで被上告人に対しては上記売買についての登記手続がなされなかつた。

被上告人は上告人に対して、本件土地について右売買に因る所有権移転登記手続を本件反訴で請求しているのであるが、被上告人が、上告人主張のように、右請求を「売買によつて」とか「売買契約の履行として」求めると釈明していることは、本件記録によつて明かである。それが所有権に基づくものでないことは明かであるが、それが純粋に債権的の請求権と断定し得るかについては疑問がある。当事者間の合意に基づく中間省略の登記の場合は純粋に債権的の契約であるが、本件の売買契約のように、その売買契約と共に所有権が移転する場合は当事者はその旨の登記手続をすることが不動産登記法によつて義務づけられているのである。右売買契約による売渡人の登記義務は、売却物件の所有権を譲渡した以上、上告人主張のように、ただたんに契約から一〇年の日時を経過したとの一事で消滅すると解すると、所有権が転々したのに、買受人で所有権を有し、また有していた者が、登記簿上の所有名義人で、かつての所有者で、売渡人であるものに移転登記手続を求めることができなくなるというような、所有権移転の経過を如実に登記簿に記載させるという不動産登記法の精神に全く反する不合理な結果を招来することとなるから、売主が時効によつて再び所有者となつたような特別な場合には問題の余地がないでもないが、そのような特別な場合以外は、右売買契約によつて生じた所有権移転の登記請求権は契約により生ずるものと解するにせよ、或は不動産登記法から生ずるものと解するにせよ、それだけが独立の債権として一〇年の時効によつて消滅するとはとうてい解することはできない。したがつて上記判示のような本件の場合には被上告人は上告人に対して、本件土地について売買による所有権移転登記手続を求める権利を有し、その権利は時効によつて消滅せず、いぜんとしてこれを有するものといわなければならない。この点に関する原審の判示は簡に失し、十分にその意を尽してはいないが、その趣旨は上記判示と同趣旨と認められるから正当で、これに反する上告人の主張は採用できない。

よつて本件上告は理由がないから、民事訴訟法第四〇一条によつてこれを棄却し、上告審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用して、主文のように判決する。

(裁判官 村松俊夫 土井王明 矢ケ崎武勝)

別紙

上告理由書

第一点原判決は本件土地所有権移転に関する静岡県知事の許可手続の認定について判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背がある。

即ち原判決は証拠に基かないで上告人が農地調整法第四条による所有権移転許可の申請したことを認定した違法がある。

(1)  上告人は本件土地につき被上告人との売買契約は県知事の許可を条件とした契約でない旨を主張したことは原判決事実摘示(記録一〇八丁表九行目)

「一、右売買契約は県知事の許可を条件とする契約でないので農地調整法第四条により無効であり」

と記載されたところにより明らかである。

(2)  従つて上告人は本件土地の所有権移転について農地調整法第四条に依る所有権移転許可の申請を被上告人と連名で申請したこともなく又右申請に基いて県知事の許可もなかつた旨を主張したものである。

(3)  しかるに原判決はその理由において(記録一一一丁表四行目)

「しかして、当審証人小沢安次の証言によつて成立を認める乙第一、第一〇、第一一号証、同証言、成立に争いない乙第八号証、原審証人間野甲子雄の証言によつて成立を認める乙第九号証、証言および原審証人小沢安次(一、二回)、同遠藤常夫、同大地三郎、同森房治の各証言を総合すると、本件土地を含む修善寺中学校敷地の買収は、すでに昭和二五年三月当時関係所有者、耕作者の承諾を得て修善寺町議会において決定せられていたもので、同年九月七日付をもつて申請者田方郡修善寺町長大城貢、契約の相手方を控訴人外四名の土地所有者として連名で静岡県知事宛申請書が提出せられ、同年九月九日修善寺町農地委員会において右許可申請の件を含む町立中学校建設敷地およびその代替地提供に関する案件六件について審議した結果異議なきことに決定せられその旨の同委員会の意見書が作成せられ、その結果右申請は同年一一月四日付をもつて静岡県指令農地第一〇号一、二六〇として静岡県知事により許可せられたものであることを認めることができ云々……」

と判示せられた。

(4)  原審援用の右乙第一号証は上告人は成立を否認したが原審は原審証人小沢安次の証言によつて成立を認め右判示の証拠とせられた。

しかしながら乙第一号証について右証人小沢安次の証言は(記録五九丁表四行目)「乙第一号証を示す。これを知つていますか。覚えています。それは誰が書いたものですか。修善寺町役場から申請があつたものですか。当時の土地係が書いたものと思います。私が書いたものではありません。それは何の根拠によつてそういう形式の文書にするのですか。県から定められた様式があつてそれに基いて書きます。それを誰が書いたものか知りませんか。当時の役場の土地係の字だと思います。その内容には筆跡の違う部分がありませんか。この内容は私の筆跡です。項目のところは誰が書いたのですか。竹村君の字ではないかと思います。最後に書いてある契約の相手方の住所氏名は誰が書いたのですか。私の筆跡です。そこに押してある印鑑は誰が押して貰つてきたのですか、私ではありません。誰がその印鑑をもらつてきたのか覚えていませんか。はつきり覚えていませんが中学校の敷地にするために許可を受けて買取るという目的だつたので当時中学校の敷地を造成する交渉をすすめていた当事者ではないかと思います」

(5)  右証人小沢安次の証言によつて明らかなように乙第一号証農地調整法第四条による所有権移転許可申請書は上告人が署名、捺印、記名捺印又は上告人の承諾によつて第三者が押印した事実の証明とはならない。

(6)  右の如く上告人が乙第一号証の許可の申請につき同意協力した事実は前記判示の原審援用の右乙第一号証の外全証拠によつてもその点に証明の資料は全くない。

(7)  即ち乙第一〇、第一一号証は甲第六、七号証と対比して信用に価せず、乙第八号証は上告人は成立を認めたが証明力がない、その理由は県知事の証明事項は「この願出のとおり相違ないことを証明する」とあり(乙第八号証証明文言参照)いかなる証明を願出てたのか不明である 加うるに第一審証人森房治の証言によると(記録四九丁表二行目)

「乙第八号証を示し農地調整法第四条による所有権移転許可申請書を知つていますか、私は直接は知りませんが係の者から聞きましたところ修善寺町役場から許可書の再交付の照会があり原本が県庁にないのでその申請があつたことを当時の係官に聞き証明した書類だと思います。

この書類の末尾にこの願出のとおり相違ないことを証明するという事はどういう願出かわからぬか私には判りません」との供述によつて明らかである。

(8)  その他証人小沢安次同間野甲子雄同遠藤常夫同大地三郎同森房治乙第九号証によつても上告人が農地調整法第四条による土地所有権移転許可申請をなした事実は証明することはできない。

(9)  特に原審証人小沢安治の証言(記録六九丁表八行目)「裁判官(寺本)中学校の敷地にするための固有農地についての知事に対する許可申請は全部で何通ありましたか、固有農地については連名で申請をしました。そのほか自作農創設地については農地の潰廃とかの許可の申請も別にありました、控訴人に関するものが残つているだけで他の人の分は学校敷地については所有権移転登記のされていない所はないのですか、同じ性質の固有の土地は一括して申請してある筈だからそれはないと思います云々」と供述した。これは全く虚偽の陳述である。

右乙第一号証の県知事の許可に基いて所有権の移転登記されたものは一筆も存在しない。

即ち乙第一号証申請書中

二、当該農地の所在地番地目面積利用状況及び普通収獲高の欄記載

A、修善寺町瓜生野涙戸八四、田九セ〇七歩の土地は甲第五号証ノ一土地登記簿謄本の土地で所有権の移転の登記はない。

B、同所八六番田一反八セ〇六歩の土地は甲第五号証ノ二土地登記簿謄本によつて該当地がない。

C、同所八七番ノ二原野一セ〇一歩の土地は甲第五号証ノ三土地登記簿謄本の土地で右県知事の許可による所有権移転の登記でない。

D、同所九〇番田三セ二一歩の土地は甲第五号証ノ四土地登記簿謄本の土地で右Cと同様である。

E、同所九一番田三セ二一歩の土地は甲第五号証ノ五土地登記簿謄本の土地で右Cと同様である。

右各証拠によつて原審裁判所が本件土地について上告人が県知事に所有権移転許可申請をした事実を認定せられたるは証拠に基かないで事実を認定せられた違法がある。

第二点原判決は消滅時効に関する法令の解釈を誤つた違法性がある。

(1)  被上告人の反訴請求の土地所有権移転登記手続の請求の基礎は土地所有権者として移転登記手続を求めるものでなく、売買契約即ち債権的請求権であることは原審第三回口頭弁論調書に「被控訴人反訴においては本件売買による所有権移転登記を求むるものである」との記載又第一審第九回口頭弁論調書に「被告(反訴原告)訴状陳述売買契約の履行として登記の請求を求めるものである」の記載によつて明らかである。

(2)  更に又右の如く被上告人は売買契約による登記請求であることは被上告人提出の昭和三五年一二月一六日付答弁書(第一審第二回口頭弁論期日に陳述)によつても明らかなように被上告人は本件物件の内瓜生野九四番の一田九畝二三歩の内中央部四畝一四歩は昭和三五年四月二七日国に買上げられてその部分の所有権を失い又同所の土地の内東側約一畝二〇歩と同所九三番の田二畝十八歩とは昭和三五年五月二〇日訴外伊豆木器有限会社に売渡して所有権を失つた旨の記載がある。従つて売買によつて土地の所有権を取得しその所有権に基く移転登記の請求はなし得ない関係にある。

(3)  原審は(記録一一三丁表末行)「そこで被控訴人の所有権移転登記手続を求める反訴請求について考えるのに、前記認定のように被控訴人は売買によつて本件土地の所有権を控訴人から取得したのであるから、控訴人に対し右売買による所有権移転登記手続を求める権利を有すること明白であり(もつとも、被控訴人が本件土地の一部を他に転売していることはその主張自体によつて明らかであるが、このような場合でも被控訴人は登記権利者である右転買人に対して登記義務を履行する必要上、控訴人に対して所有権移転登記を請求する権利を有するものといわなければならない)、したがつて被控訴人の反訴請求は正当である。」と判示せられた。

(4)  右判示によると売買によつて買主が土地の所有権を一旦取得した以上その登記前に所有権を第三者に移転して所有権者でなくなつても所有権が消滅時効によつて失わざるかぎり売渡人に対し永久に移転登記の請求を求める権利があると云うに在る。これは明らかに民法に規定せる消滅時効に関する法令の解釈を誤つたものである。

(5)  更に又原判決は(記録一一三丁裏十行目)

「控訴人は、被控訴人の右所有権移転登記請求権は時効により消滅した旨主張するけれども、登記請求権は真実と登記の不一致を原因として発生するものであるから、実質上の権利関係と一致しない登記が存続する限り独立して消滅時効にはかからないものと解すべきであるので、右主張自体理由がないものといわざるを得ない」と判示せられた。

(6)  上告人も所有権者が登記簿上の記載を一致せしめるため登記簿上の所有名義人に対し移転登記手続を求める権利は所有権を有する限り登記請求権が独立して消滅時効にかからないことには異論のないところであるが売買契約の買主が土地の所有権を取得しその登記前にこれを第三者に移転して自らは所有権者にあらざる場合に於て売主に対して所有権の移転登記手続を求める権利は売買契約の履行としてのみ請求し得るものと信ず、即ち売買契約上の権利即ち債権契約上の請求権である。従つてこの登記請求権は十年の消滅時効にかかるものである。

(7)  右の如く原判決が被上告人は本件土地の内登記前に第三者に所有権を移転し所有権者たる地位を喪失してもなお登記簿上上告人の所有名義が存する限り移転登記請求権が消滅時効にはかからないものと認定したのは民法第百六十七条の解釈を誤つた違法がある。

以上

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